円安を背景に、訪日外国人観光客の数は急速な回復を見せています。中でも、圧倒的な人口と高い消費意欲を誇る中国からの観光客は、インバウンド市場の回復と成長を語る上で欠かすことのできない存在です。多くの事業者の皆様が「中国人観光客に対応したい」と考えながらも、「何から手をつければいいのかわからない」「言葉の壁が不安だ」「文化の違いにどう対応すれば…」といった漠然とした不安を抱えているのではないでしょうか。特に、同じ「中国語」でも、中国本土で使われる「簡体字」と、台湾や香港で使われる「繁体字」では、文字も違えば、背景にある文化や旅行スタイルも異なります。この複雑さが、最初の一歩をさらに重くしているのかもしれません。本記事は、そんな悩みを抱える国内事業者様のために作られた、実践的な「中国語(簡体字)対応マニュアル」です。専門的な知識がなくても理解できるよう、基本的な考え方から、今すぐ始められる具体的なアクション、さらにはトラブルを未然に防ぐためのヒントまで、網羅的に解説します。この記事を読み終える頃には、漠然とした不安が「次に何をすべきか」という明確な行動計画に変わっているはずです。さあ、一緒に成功への第一歩を踏み出しましょう。
なぜ今、中国本土(簡体字圏)への対応が重要なのか?

インバウンド対策と言っても、対象となる国は多岐にわたります。その中で、特に中国本土、つまり簡体字を使う人々への対応が重要視される理由は何でしょうか。それは、市場の規模が圧倒的に大きいこと、そして彼らが日本経済に与える影響が非常に大きいことにあります。
市場規模と消費力:中国人観光客の影響をデータで確認
まずは数字を見てみましょう。新型コロナウイルス感染症の拡大前、2019年には訪日した中国人観光客数は約959万人に達し、訪日外国人全体の約3割を占める最大の市場でした。彼らの日本での旅行消費額は約1兆7,704億円にものぼり、全体の36.8%を占め、2位の台湾(約5,517億円)を大きく引き離しています。一人当たりの旅行支出も他の国・地域の観光客より高く、特に「買い物代」の割合が高い点が目立ちます。2023年8月に日本での団体旅行が解禁されて以来、中国人観光客の数は力強く回復しつつあります。この巨大な市場を取り込むことが、売上拡大に直結する重要な経営戦略であると言えます。近年は団体旅行だけでなく、個々の興味関心に基づき旅行計画を立てる個人旅行(FIT: Foreign Independent Tour)の割合も増加しており、富裕層や若年層を中心に、より多様で質の高い体験が求められています。この変化は、画一的な対応ではなく、ターゲットに応じたきめ細やかなアプローチが成功の鍵となることを示しています。
簡体字と繁体字:同じ「中国語」でも異なるターゲット層
インバウンド対応において非常に重要なのが、「簡体字」と「繁体字」の違いを理解することです。これらは単なる文字の字体の差異にとどまらず、使用地域や文化、旅行者としての特性にも大きな違いがあります。
- 簡体字(简体字):主に中華人民共和国(中国本土)やシンガポール、マレーシアなどで公的に使われている字体で、画数を減らした簡略化が特徴です。インバウンド市場で「中国」と言えば、多くの場合この簡体字が指されています。
- 繁体字(繁體字):主に台湾、香港、マカオなどで使用されており、伝統的で画数が多いのが特徴です。これらの地域からの旅行者も日本のインバウンド市場における重要な顧客層です。
ではなぜこの区別が必要なのでしょうか。例えば、Webサイトやパンフレットを簡体字で作成した場合、繁体字圏の人が全く読めないわけではありませんが、「自分たちに向けられた情報ではない」と感じられる可能性があります。逆の場合も同様です。語彙や表現にも細かな違いがあり、例えば「タクシー」は中国本土では「出租车(chūzūchē)」、台湾では「計程車(jìchéngchē)」と呼ばれるなど、日常用語に差異があります。ターゲットとする市場を明確にし、その市場に適した言語での情報発信を行うことが、信頼構築と効果的なコミュニケーションにおいて最も基本的なポイントです。市場規模の大きさを考慮すると、多くの事業者にとって中国本土向けの「簡体字」対応が優先事項になることが少なくありません。
文化・習慣の違いを把握することが、おもてなしの第一歩
言語だけでなく、文化や習慣の違いを理解することも、円滑な受け入れや顧客満足度の向上に欠かせません。中国本土からの旅行者には、いくつか顕著な特徴があります。
- 情報収集と発信:旅行前後を問わず、スマートフォンを活用して情報収集を行います。特にWeChat(微信)やRED(小紅書)などのSNS、Ctrip(携程)のようなオンライン旅行サイトの口コミを非常に重視します。また、自身の体験を写真や動画で撮影し、リアルタイムでSNSに発信する傾向が強く、その情報が次の旅行者の選択に大きな影響を及ぼしています。
- 消費行動:日本製の高品質な商品に対する信頼は依然として高く、化粧品、医薬品、家電製品などが人気です。一方で近年は、「物の消費」から、その土地固有の文化や自然に触れる「体験消費」へと関心が移りつつあります。「爆買い」のイメージにとらわれず、多様化するニーズを的確に捉える必要があります。
- 決済手段:日常生活のあらゆる場面でQRコード決済が浸透しており、Alipay(支付宝)やWeChat Pay(微信支付)が利用できないと不便に感じたり、購入を断念したりするケースもあります。現金を持ち歩かない人も多いため、キャッシュレス決済の対応はほぼ必須のインフラと言っても過言ではありません。
これらの特徴はあくまで一般的な傾向であり、個人差も大きいですが、この背景を理解することで、彼らのニーズや不便を先取りし、より効果的なおもてなしを提供することが可能となります。
【準備編】何から始める?簡体字対応のロードマップ
「重要性は理解できたけれど、具体的にどこから手をつければいいのか分からない」と感じる方も多いでしょう。むやみに施策を進めるのではなく、まずは自社の現状を整理し、しっかりとした計画を立てることが成功への近道です。ここでは、簡体字対応を始めるための3つの準備ステップをご紹介します。
ステップ1:ターゲット顧客を具体的にイメージする
「中国人観光客」と一括りにせず、自社の商品やサービスを届けたい対象顧客像(ペルソナ)を具体的に設定することから始めましょう。ペルソナが明確になると、どのような情報を、どのチャネルで、どの言葉で伝えれば効果的かがわかってきます。
例えば、以下のように考えてみてください。
- 商業施設の場合:メインターゲットは20代~30代のファッションやコスメに関心が高い女性でしょうか?それともハイブランドを求める富裕層?または子供服やキャラクターグッズを探すファミリー層でしょうか?
- 宿泊施設の場合:静かで上質な滞在を望むカップルや夫婦なのか?グループで宿泊できるリーズナブルな施設を探す若者たちかもしれません。さらに、日本の伝統文化を体験したい欧米からの旅行者とは異なる独自のニーズも考えられます。
- 体験アクティビティの場合:写真映えする着物レンタルは若者に人気ですが、伝統工芸の制作体験はより深い文化理解を求める層に響くこともあります。
ペルソナ設定により、「若者向けならSNS映えするスポット情報を発信しよう」「富裕層向けならプライベートなサービスや特別感を強調しよう」といった具体的な戦略を立てやすくなります。届けたい相手をはっきりさせることが、すべての施策の出発点です。
ステップ2:現状の課題とリソースを洗い出す
続いて、自社の現状を客観的に分析しましょう。理想と現実のギャップを把握することで、優先的に取り組むべき課題が明らかになります。
- 課題の把握:なぜ現在、中国人観光客の利用が少ない、またはもっと増やしたいのでしょうか。
- 認知・集客の課題:そもそも自社の存在が知られていない可能性があります。情報が日本語や英語のみで発信されており、彼らに届いていないかもしれません。
- 言語の課題:店頭での言葉の壁がある、Webサイトやパンフレットが日本語限定で商品の魅力が十分に伝わっていないといった問題。
- サービスの課題:キャッシュレス決済に対応していない、免税手続きが分かりにくい、Wi-Fi環境が整っていないといったサービス面の課題。
- リソースの確認:課題解決に向けてどのような資源を活用できるかも確認します。
- 人的リソース:中国語対応ができる、もしくは学ぶスタッフはいますか?
- 予算:インバウンド対応にかけられる費用はどの程度か(翻訳費用や広告費、決済端末の導入費用など)。
- 時間:いつまでに、どのレベルの対応を目指すか。
すべての課題を一度に解決する必要はありません。見つけた課題の中から、自社のリソースで対応可能かつ効果が大きいものに優先順位をつけ、スモールスタートで進めることが継続のポイントです。
ステップ3:翻訳の品質をどう確保するか?
簡体字対応にあたって不可避なのが翻訳ですが、その品質が事業の成功を左右すると言っても過言ではありません。安易に機械翻訳に頼るのは思わぬ落とし穴にはまるリスクがあります。
- 機械翻訳の限界と危険性:Google翻訳など機械翻訳ツールは便利ですが、完璧ではありません。特に微妙なニュアンスや文化的背景を汲み取るのが苦手です。不自然な表現は顧客に「歓迎されていない」「専門的でない」という印象を与えるおそれがあります。場合によっては商品やサービス内容の誤解を招き、重大なクレームに発展することも。アレルギー情報や利用規約など重要部分の誤訳は深刻なトラブルの原因となり得ます。
- プロ翻訳の活用の重要性:質の高いコミュニケーションを目指すなら、プロの翻訳会社や該当言語のネイティブスピーカーに依頼するのが最も確実です。日本語テキストを渡す際には、以下の情報も共有すると翻訳精度がさらに向上します。
- ターゲット顧客:メッセージの対象(若年層、富裕層など)
- 利用媒体:WebサイトやSNS、パンフレット、店内POPなど用途
- 文体やトーン:丁寧かフレンドリーかなど
- 背景情報:商品・サービスのコンセプトや専門用語一覧等
費用はかかりますが、高品質な翻訳は顧客との信頼構築とブランドイメージ保護のための重要な投資です。まずはWebサイトのトップページや主力商品の説明など、最も重要な部分からプロの翻訳導入を検討しましょう。
【実践編】今すぐできる!簡体字対応

準備が整いましたら、いよいよ具体的なアクションに移行します。ここでは、多くの事業者様がすぐにでも始められる実践的な施策を、「情報発信」「受け入れ環境」「決済」の3つの視点に分けてご案内します。
Webサイト・SNSを活用した情報発信
中国人観光客は「旅行マニア」とも称されるほど、細かく事前調査を行うことで知られています。彼らが情報を集める際に利用するのは、日本の検索エンジンやSNSではありません。現地のプラットフォーム上で、彼らの言語で情報を発信することが不可欠です。
- Webサイトの多言語対応(簡体字対応)
まずは自社の公式Webサイトに簡体字ページを追加することから始めましょう。全文を一度に翻訳するのが難しい場合は、優先順位をつけて段階的に対応します。最低限、以下のページは簡体字で準備しておきたいところです。
- トップページ:企業の顔として第一印象を決める最重要ページです。
- 商品・サービス紹介:主力商品や人気プランの魅力が伝わるよう、写真や動画をふんだんに使い、わかりやすく説明します。
- アクセス情報:最寄り駅からのルート、地図や所要時間を詳細に記載します。地図アプリのリンクがあると、より親切です。
- よくある質問(FAQ):営業時間、予約方法、利用可能な決済手段、免税の有無など頻繁に尋ねられる疑問をまとめると、問い合わせが減り、顧客の安心感が高まります。
将来的には、中国最大の検索エンジン「Baidu(百度)」での検索順位向上を目指したSEO対策も視野に入れ、多くの潜在顧客へリーチすることが望ましいです。
- 中国向けSNSの活用
中国人観光客にリーチするには、彼らが日常的に利用するSNSを活用することが極めて効果的です。代表的なプラットフォームは以下の通りです。
- WeChat(微信):月間アクティブユーザー数13億人超を誇る巨大コミュニケーションアプリです。公式アカウントを開設し、友だち登録したユーザーに対してセール情報や新商品案内、クーポンなどを直接配信できます。顧客との継続的な関係構築(CRM)に最適なツールです。
- Weibo(微博):中国版Twitterとも呼ばれるオープンなSNSで、情報拡散力が高いのが特徴です。KOL(Key Opinion Leader)を活用したプロモーションが盛んに行われており、ブランド認知度を迅速に拡大したい場合に効果的です。
- RED(小紅書):特に若い女性層に絶大な人気を誇るライフスタイル共有アプリです。ユーザーによるリアルな口コミや写真・動画付きレビューが主なコンテンツで、購買意思決定に強い影響を及ぼします。「小紅書映え」を意識した商品や空間づくりが、自然な口コミ拡散を促進します。やまとごころ.jpの調査でも、これらSNSは旅行情報収集において重要な役割を果たしていると報告されています。
店舗や施設内の受け入れ環境の整備
オンラインで関心を持ってもらったお客様が実際に訪れてくれた際に失望させないため、オフラインの環境づくりも不可欠です。ちょっとした配慮で、言葉の壁によるストレスを大幅に軽減できます。
案内表示やポップの簡体字併記
すべてのスタッフが中国語を話せる必要はありません。重要な案内が簡体字で表記されているだけで、お客様は安心感を得られます。
- 必須の案内:「欢迎光临(いらっしゃいませ)」「Wi-Fi可用(Wi-Fi利用可)」「免税(免税)」「支付方式(お支払い方法)」などを入口やレジ周辺に表示しましょう。
- 指差し会話シート:よくある質問と回答をイラスト付きでまとめたシートを用意すると、スタッフとお客様双方のコミュニケーションが円滑になります。
- 商品POP:商品名、価格、簡単な特徴を簡体字で併記するだけでも購買意欲の向上につながります。ピクトグラム(絵文字)を併用すると、より直感的に理解してもらえます。
多言語翻訳ツールの活用
近年、AI翻訳の精度は格段に進歩しています。携帯型翻訳機「ポケトーク」やスマートフォンの翻訳アプリは、複雑な質問に対応する際に強い味方となります。1台備えておくだけでも、スタッフの心理的負担は大きく軽減されます。もちろん完璧な翻訳は難しいですが、「伝えよう」とする姿勢が何よりも大切であり、その心意気はお客様にしっかり伝わります。加えて、スタッフが「你好(こんにちは)」「谢谢(ありがとう)」「再见(さようなら)」などの簡単な挨拶を覚えるだけでも、雰囲気が和らぎ親近感が生まれます。
免税手続きの案内
日本でのショッピングを楽しみにしている観光客にとって、免税手続きは大変重要なポイントです。手続きが複雑で時間がかかると大きなストレスとなります。免税カウンターの場所、必要書類(パスポート、購入品、レシート)、手続きの流れを簡体字でわかりやすく図解した案内を用意しましょう。スムーズな免税対応は顧客満足度向上に大きく寄与します。
キャッシュレス決済の導入
受け入れ環境の整備において、とりわけ優先度が高いのがキャッシュレス決済の導入です。中国本土では都市部から地方に至るまでQRコード決済が広く浸透しており、屋台での買い物でもスマホ決済が一般的です。
Alipay(支付宝)とWeChat Pay(微信支付)の導入は必須
この二つは中国のQRコード決済市場をほぼ独占している主要な決済手段です。多くの中国人観光客は、これらが使えない店舗では購入を諦める可能性が高いと言われています。三井住友カードのレポートにも、中国のキャッシュレス化の現状が詳述されています。現金を持ち歩かない習慣の彼らにとって、これらの決済が利用できないことは、日本人がクレジットカード不可の店舗に入るのと同等かそれ以上の不便さを感じることを意味します。
導入メリットと方法
導入が難しいと感じるかもしれませんが、現在は多くの決済代行事業者がAlipayやWeChat Pay等の海外決済を一括で対応可能なプランを提供しています。専用端末の設置、店舗のタブレットへのアプリ導入、または印刷したQRコードをお客様に読み取っていただくだけの簡単な方法もあります。導入することで得られるメリットは非常に大きいです。
- 機会損失の回避:決済手段不足による販売機会の逸失を防止します。
- 会計効率の向上:現金の受け渡しや釣銭処理の手間が減り、レジ回転率が高まります。
- 顧客満足度の向上:慣れた決済方法が使えることで快適な買い物体験を提供できます。
- インバウンド向けプロモーション活用:決済アプリ内でのクーポン配布やキャンペーンの対象店となり、新たな集客機会も期待できます。
未導入の店舗は、ぜひ最優先での検討をおすすめします。
トラブルを未然に防ぐための注意点と対処法
異なる文化を持つ人々を受け入れる際には、思いがけない誤解やトラブルが起こることがあります。しかし、事前に彼らの文化的背景を理解し、適切な準備を整えておくことで、多くの問題は未然に防げます。ここでは、よく見られるトラブル例とその対処方法について説明します。
よくある誤解と文化的背景
一部の中国人観光客に関して、「声が大きい」「列に並ばない」「商品の扱いが乱雑」といった指摘を耳にすることがあります。ですが、これらの行動は必ずしも悪意に基づくものではなく、文化や社会環境の違いから生じている場合が多いのです。
- 声の大きさ:中国語は抑揚がはっきりしており、にぎやかな場所では自然と声が大きくなる傾向があります。また、活気ある状態を好意的に捉える文化的側面も存在します。
- 列に並ぶ習慣:人口の多い社会で競争が激しい環境で育ったため、パーソナルスペースの感覚や整然と列をなす習慣が日本とは異なることがあります。しかし、近年この点は大きく改善されつつあります。
こうした行動に対しては、まず文化の違いを理解する姿勢が欠かせません。そして、施設内で守ってほしいルールがある際は、感情的にならず、その理由を丁寧に説明することが重要です。例えば、静かに過ごすべき場所では、「他のお客様のご迷惑となりますので、お静かにお願いいたします」といった内容を簡体字やピクトグラムを用いて分かりやすく掲示するなどの工夫が効果的です。過度な一般化を避け、ひとりひとりのお客様を尊重することが、良好な関係を築くうえで重要なポイントです。
翻訳ミスが引き起こすトラブル例
前述のように、翻訳の正確さは非常に重要です。特に、意味の取り違えが重大な問題に繋がる情報については、細心の注意が求められます。
- 料金やルールの誤訳:「1時間1,000円」と記載すべきところを誤って「1回1,000円」と訳し、会計時にトラブルが発生するケース。
- 禁止事項の誤訳:「撮影禁止」とすべき文言が逆に「自由に撮影してください」と訳されてしまい、他の利用者とのトラブルが起こる例。
- 食材や成分の誤訳:アレルギーを持つお客様にとって、成分表記の誤訳は健康に深刻な影響を及ぼす恐れがあります。
これらの問題を防ぐためには、重要な情報ほど専門の翻訳者やネイティブによるダブルチェックが欠かせません。機械翻訳を利用する場合でも、必ず複数の翻訳ツールで検証したり、逆翻訳(簡体字→日本語)を行って、意図した意味が正しく伝わっているか確認する手間を怠らないようにしましょう。
クレーム発生時の初期対応
どんなに準備しても、クレームを完全に防ぐことは難しいものです。トラブルが起きた際に重要なのは、慌てず落ち着いて初動対応を行うことです。
- まずは傾聴:お客様の話を遮らず最後まで丁寧に聞く姿勢を示しましょう。たとえ言葉が十分に理解できなくても、「話を聞いている」という態度が相手の感情を落ち着かせる第一歩となります。
- 翻訳ツールの活用:スマートフォンアプリや翻訳機を使い、何が問題か、またお客様が何を望んでいるのかを的確に把握するように努めます。
- 事実確認と謝罪:店舗に非がある場合は誠意を持って謝罪を行います。原因が不明でも、不快な思いをさせたことに対し「お気持ちは理解いたします」と共感を示すことが大切です。
- エスカレーション:自身での対応が難しいと感じたら速やかに上司や責任者に報告し、対応を任せましょう。中国語対応ができるスタッフや外部通訳サービスへの連絡フローをあらかじめ整備しておけば、緊急時にも落ち着いて対応できます。
さらに一歩先へ:リピーターを育む高付加価値化戦略

基本的な受け入れ体制が整った段階で、次の目標は、お客様に「また来たい」と感じてもらい、リピーターとして定着してもらうことです。そのためには、他では味わえない特別な価値を提供し、顧客との長期的な関係を築く視点が求められます。
「モノ消費」から「コト消費」へ:体験価値を重視する
かつての「爆買い」に象徴される「モノ消費」の時代は落ち着き、現在の中国人観光客、特に個人旅行者(FIT)は、日本でしか体験できないユニークな「コト消費(体験)」に注目しています。日本政府観光局(JNTO)の市場別データも、旅行者のニーズが多様化していることを示しています。自社の商品やサービスを単なる「モノ」や「機能」ではなく、「素晴らしい体験」として再考してみましょう。
- 小売店の場合:商品の販売だけにとどまらず、職人のこだわりや産地の歴史など、その背景にあるストーリーを簡体字で伝えたり、使い方を実演するミニワークショップを開催する。
- 宿泊施設の場合:単に宿泊場所を提供するのではなく、地域の文化に触れられる拠点として機能し、地元の祭りやイベント情報を案内したり、近隣の農家と協力した収穫体験プランを用意する。
- 体験サービス提供者の場合:着物レンタルではプロのカメラマンによる撮影オプションを付ける。伝統工芸体験なら、完成品に名前を漢字で刻印するサービスを提供するといった付加価値を加える。これらが忘れがたい思い出となり、高い満足度へとつながります。
口コミの影響力を最大限に活かす
前述の通り、中国人観光客は口コミを非常に重視します。素晴らしい体験を提供すれば、彼らは自発的にその感動をSNSで発信してくれます。この強力な口コミを戦略的に活用しない手はありません。
- 主要旅行プラットフォームへの情報登録:Ctrip(携程)、Mafengwo(马蜂窝)、Dianping(大衆点評)など、彼らが日常的に利用する旅行サイトや口コミアプリに自社情報を掲載しましょう。情報は正確かつ魅力的に維持し、投稿された口コミには(翻訳ツールを駆使してでも)丁寧に返信することで顧客とのエンゲージメントが高まります。
- 口コミ投稿を促す工夫:会計時やサービス提供後に「もしよろしければSNSで感想をシェアしてください」と一言添えるだけでも効果があります。また、口コミサイトの自社ページに直接アクセスできるQRコード付きカードを配布したり、投稿画面を見せてくれたお客様に小さなプレゼントを用意するインセンティブも有効です。大切なのは、お客様が「口コミを投稿したい」と思えるような、期待を上回るサービスや感動を提供することです。
帰国後も続く顧客とのつながり
お客様との関係は、旅行の終了とともに途切れるべきではありません。デジタルツールを活用し、帰国後もつながりを維持して再来訪を促進できる仕組みを作りましょう。
- WeChat公式アカウントの活用:来店時にWeChatの公式アカウントを友だち登録してもらい、帰国後も定期的に情報を発信します。日本の四季折々の風景や新商品の入荷、次回訪日の際に使える限定クーポンなどを届けることで、お客様の記憶に残り続け、日本や自社のファンを育成します。越境ECサイトと連携して、帰国後も商品を購入できる体制を整えるのも効果的です。一度きりの顧客ではなく、生涯にわたって関係が続く「ファン」を育てる視点が、今後のインバウンド戦略には欠かせません。
困ったときに頼れる情報源・相談先
インバウンド対応については、すべてを自社だけで完結させる必要はありません。世の中には、多くの公的機関や専門企業が事業者の皆様の支援を行っています。課題に直面した際やさらなる成長を目指す場合には、そうした外部のリソースを積極的に活用することが重要です。
公的機関の支援を活用する
国や地方自治体は、インバウンド推進に向けて多様な支援策を提供しています。
- 日本政府観光局(JNTO):国や地域ごとの詳細な市場動向レポートや、マーケティングに役立つ各種データ、インバウンド対策に関するセミナーなどを実施しています。ウェブサイトには豊富な情報が掲載されており、戦略立案に非常に役立ちます。
- 中小企業基盤整備機構:海外展開やインバウンド対応を検討する中小企業向けに、専門家による相談サービスやビジネスマッチングの機会を提供しています。
- 各都道府県・市町村の観光担当部署やDMO(観光地域づくり法人):地域特有の観光情報やデータの提供に加え、多言語対応や受け入れ環境の整備に関する補助金や助成金制度を用意している場合があります。まずは自社のある自治体に、どのような支援が受けられるか問い合わせてみることをおすすめします。
専門家や専門企業に相談する
より専門性の高い課題には、民間の専門企業の力を借りることが効果的です。
- インバウンド専門のコンサルティング会社:市場調査から戦略設計、プロモーションの実施に至るまで、インバウンド関連のさまざまな課題に対して専門的なアドバイスを行っています。
- 翻訳・ローカライズ会社:単なる言語翻訳にとどまらず、ターゲットとする市場の文化や習慣を踏まえた表現の最適化(ローカライゼーション)を行い、高品質な多言語コンテンツの制作をサポートします。
- デジタルマーケティング支援会社:中国向けSNSアカウントの開設や運営代行、KOLによるプロモーション、中国の検索エンジン(Baidu)対策など、デジタル分野での集客活動を強力にバックアップします。
もちろん、これらのサービスには費用がかかりますが、専門家の知見を活用することで、試行錯誤に費やす時間や労力を大幅に削減でき、より早く大きな成果を得ることが可能です。自社の課題や予算に合わせて適切なパートナーを選ぶことこそ、成功への近道と言えるでしょう。